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東京地方裁判所 昭和42年(ワ)10875号 判決

原告

習田ひさ

外三名

代理人

若泉ひな越

外一名

被告

株式会社堀田商店

外一名

代理人

江口保夫

外四名

主文

(一)  被告らは各自原告習田俊子に対し一六八万五一四六円、同習田尚孝および同習田恵子に対し各一〇八万五一四六円、同習田ひさに対し四〇万円および右各金員に対する昭和四二年一〇月二五日以降支払い済みに至るまで年五分の割合による金員の支払いをせよ。

(二)  原告らの被告らに対するその余の請求を棄却する。

(三)  訴訟費用はこれを三分し、その二を原告らの、その余を被告らの、各負担とする。

(四)  この判決は、原告ら勝訴の部分に限り、かりに執行することができる。

事実

第一  当事者双方の求める裁判

一  請求の趣旨

(一)  被告らは、各自、原告習田ひさに対し五〇万円、同俊子に対し四八二万三三一五円、同尚孝、同恵子に対し各三三二万三三一五円および右各金員に対する昭和四二年一〇月二五日以降支払済みに至るまで年五分の割合による金員の支払いをせよ。

(二)  訴訟費用は被告らの負担とする。

(三)  仮執行の宣言

二  請求の趣旨に対する答弁

(一)  原告らの請求を棄却する。

(二)  訴訟費用は原告らの負担とする。

第二  当事者双方の主張

一  原告らの請求

(一)  (事故の発生)

習田実(以下、実という。)は、次の交通事故によつて死亡した。

(1) 発生時 昭和四二年七月一五日午前九時頃

(2) 発生地 東京都国立市国立町三九番地交差点

(3) 被告車 普通貨物自動車(多摩四に二四七〇号)

運転者 被告吉野萠生(以下吉野という。)

(4) 原告車 原動機付自転車(国分寺市い二九号)

運転者 実

被害者 実

(5) 態様 別紙図面記載のとおり、中央線ガードから富士見方面に向けて進行中の原告車と国立駅方面から国分寺方面に向けて進行中の被告車とが右交差点において衝突したものである。

(二)  (責任原因)

被告らはそれぞれ次の理由により、本件事故により亡実および原告らの損害を賠償する責任がある。

(1) 被告株式会社堀田商店(以上被告会社という。)は、被告車を所有し、自己のために運行の用に供していたものであるから、自賠法三条による責任、

(2) 被告吉野は、事故発生につき、前方注視義務、一時停止義務違反の過失があつたから、不法行為者として民法七〇九条の責任。

(三)  (損害)

(1) 亡実の逸失利益

(イ) 給与、に賞与つき、昇給、ベースアップ分を除く逸失利益五八九万七一六円

実は大正六年一月生れで、本件事故当時五〇才で、昭和三七年九月から財団法人国立音楽高校に事務職員として勤務していた、同人の死亡前の平均一カ月の給与額は、四万七、三四〇円、年二回支給される賞与および助成金は所得税等控除して少くとも一六万一、四二四円であつたところ、常用労務者の一カ月の平均消費支出費用は一万〇七五三円であるから、これを控除すると実の一年間の収入は六〇万〇、四六八円となる。実は死亡当時五〇才であつたから平均就労可能年数を一三年とみて、前記年間収入額による右期間の総収入額から年五分の割合による中間利息を控除して算定すると五八九万七、一九六円となる。

(ロ) 退職金の減収による逸失利益二六万〇九八六円

実が勤務していた国立音楽高校は、学校法人国立音楽大学の附属であるが、同大学の退職金規定によれば、退職当時の三ケ月間の月収の七〇%に勤続年数を乗じた額が支給される。

右に従つて亡実の退職金を計算すれば、退職時の月収はどんなに少なく見積つても本件死亡時以下とは考えられないからこれを前記のとおり四万七三四〇円としてその七〇%にあたる三万三、一三八円に、昭和三七年九月に就職してから平均就労可能年数たる一三カ年間働いたと仮定して、一七年と一一ケ月であるから同倍数を乗ずれば五九万三、七二三円となる。ところが原告らは昭和四二年九月二七日一六万二、九三二円をすでに受領ずみであるのでこれを控除した四三万〇、七九一円也が退職時に支給されると推定されるとすれば、右金額から年五分の割合による中間利息を控除すると二六万〇九八六円となる。

(ハ) 給与、賞与につき昇給、ベースアップ分の逸失利益九二三万〇九三一円のうち三〇〇万円

(a) 給与の定期昇給分の逸失利益六一八万一、五〇七円

前記学校法人国立音楽大学は毎年四月に教職員の給料につき定期昇給をなしているところ、その昇給率は毎年前年度の本給の約一三%から一五%でありこれは今後も継続して昇給されるものと推定される。本件においては最も小さく見積つて昇給率を一〇%として計算すれば就労可能な一三年間の昇給分の総計は一〇一九万九、四九六円となり、これから中間利息を差引いた現在値は六一八万一、五〇七円となる。

(b) 給与のベースアップ分の逸失利益六七万二二九六円

物価の上昇によりサラリーマンの給与が毎年アップされているが、今後も続けてアップされるであろうことは一般に認められている。国立音楽大学でも毎年四月定期昇給の際併せて基本給の約6.5%ないし約7%のベースアップがなされてきている。今後も毎年基本給の最低六%のベースアップは確実である。よつて就労可能な一三年間のベースアップの総額は総額一一〇万九、二九〇円となるからこれから中間利息を差引いた現在値は六七万二、二九六円となる。

(c) 賞与につき、右の昇給ならびにベースアップ分についての逸失利益二三七万七、一二八円

右大学は賞与(年二回)および助成金(年一回)が毎年その年度の月額給料の最低給料の最低2.5倍が支給されており、今後はこれが年間四ケ月分までアップして支給される傾向にある。そこで、2.5カ月分という最低に見積つて、就労働能な一三カ年間の賞与、助成金等の増額分を算出すれば、総額三九二万二、二六五円となり、これから中間利息を差引けばその現在値は二三七万七、一二八円となる。

(二)  原告俊子、同尚孝、同恵子は右実の相続人の全部である。よつて、原告俊子はその生存配偶者として、原告尚孝、同恵子は、いずれも子として、それぞれ相続分に応じ実の賠償請求権を相続した。

(2) 原告俊子、同尚孝、同恵子の負担した葬儀代等四六万一七六三円

同原告らは、亡実の葬儀のため二六万一、七六三円を、また墓標の設置に二〇万円を、各出捐し、各同額の損害を受けた。

(3) 原告らの慰藉料

原告俊子につき二〇〇万円、その余の原告らにつき各五〇万円

原告ひさは、実の実母であり、同俊子は妻、同尚孝は長男、同恵子は長女であるが実の死亡により精神的苦痛を受け、その慰藉料として、原告ひさに五〇万円同俊子に二〇〇万円、同尚孝および同恵子に各恵子に各五〇万円を相当とする。

(4) 原告俊子、同尚孝、同恵子の負担した弁護士費用合計三五万円

(四)  (損害填補)

原告俊子、同尚孝、同恵子は、強制賠償責任保険として一五〇万円を受領したので、これを前記相続分に従つて各五〇万円づつ各原告の損害額に充当した。

(五)  (結論)

よつて原告らに対し、原告ひさは五〇万円、同俊子は四八二万三三一五円、同尚孝、同恵子は各三三二万三三一五円およびこれに対する訴状送達の日の翌日である昭和四〇年一〇月二五日以後支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める。

二  請求の原因に対する被告らの答弁ならびに抗弁

(一)  第一項は認める。

第二項のうち、被告吉野に過失のあることは否認するが、その余は認める。

第三項は不知。

第四項は認める。

(二)  (過失相殺)

事故発生については亡実の過失も寄与しているのであるから、賠償額算定につき、これを斟酌すべきである。

すなわち、本件事故現場の道路は国立駅方面から府中方面に向かう巾員八メートルの幹線道路に巾員各五メートルの二本の道路が交差して、六差路を構成している。そして、被告車は国立駅方面から国分寺方面に向つて進行して右六差路に差しかかつたところ、富士見方面から同交差点を通過し、反対方向に進行する小型乗用車があり、右小型乗用車が同交差点において急停車した結果、被告車は進路を妨げられ、右ハンドルを切つて同車輛の後部を通過しようとしたさい、前記小型乗用車の反対方向から直進してきた亡実の原動機付自転車が、被告車の左前部に接触したものである。もとより被告車の進行道路は優先道路であり、これに交差する各道路には、いずれも「一時停止」の標識が設置され、かつ、道巾の狭い通路である。亡実は本件道路に進入するにさいしては、一停止して、左右の安全を確認しなければならない義務があるにも拘らずこれを無視して、同交差点に突進したため本件事故に遭遇したものである。したがつて、亡実の右過失は本件事故の賠償額の算定につき十分斟酌しなければならない。

第三  当事者双方の提出、援用した証拠〈略〉

理由

一(事故の発生)

請求の原因第一項の事実(本件事故の発生)は、当事者間に争いがない。

二(責任原因)

(一)  被告会社について

被告会社が被告車を所有し、自己のために運行の用に供していたことは、当事者間に争いがなく、右事実によれば被告会社は、亡実および原告らの損害を賠償する責任がある。

(二)  被告吉野について

〈証拠〉を総合すると、以下の事実を認めることができ、以下の認定に反する証拠はない。

本件事故現場は、別紙図面記載のとおり、中央線ガードから富士見方面に通ずる幅員約五メートルの東一条路と戸倉新田から大学通りに通ずる幅員約四メートルの東五線路とほぼ直角に交差する地点を国立駅から国分寺方面に通ずる幅員約八メートル、両側の歩道1.70メートルの通称旭通りがほぼ四五度の角で交差する変型六差路の交差点であつて、路面はいずれもアスファルトで舗装されている。そして、この交差点は交通整理は行われていないが、東五線路から交差点に入る手前の箇所に一時停止の標識が設置されており、中央線ガードから同交差点に至る東一条線路の国立駅方面から同交差点に至る道路とは互に見とおしはあまり良好ではない。旭通りは車両の交通量が多く、その両側は、住宅、商店が立ち並んでいるが、東一条路、東五線路は、いずれも車両の通行は比較的少ない。

被告吉野は、被告車を運転して、通称旭通りを国立駅方面より国分寺方面に向けて、時速約五〇キロメートル位の速度(制限速度は時速四〇キロメートル)で進行して、右六差路に差しかかつたところ、東一条路を右方(富士見通り方面)から左方(中央線ガード方面)に向かつて右交差点に進入してきた普通貨物自動車を発見したため、ハンドルを右に切りながらセンターラインを右に越えて同車両の後方を通過しようとした際、同車のかげから、東一条路を右方(富士見通り方面)に向かつて交差点に進入していた亡実運転の原告車を直前に発見し、ハンドルを右に切り、急ブレーキをかけたが及ばず、交差点のほぼ中央附近(別紙図面の地点)で衝突したものである。

右事実によれば、被告吉野は進路の前方、左右を注視し、制限速度を守り進路の安全を確認して進行すべき注意義務があるにかかわらず、これを怠り、しかも、右方からの車をさけるためとはいえ、センターラインを右に越えて同車の後部を通過しようとした過失により本件事故を発生させたものであるから、民法七〇九条により損害賠償責任がある。

三(過失相殺)

先に認定した事実によれば亡実は幅員の狭い道路から広い道路と交差する本交差点に進入するのであるから、右交差点に進入するにさいしては、一時停止し、左右の安全を確認しなければならない義務があるにも拘らずこれを無視して、同交差点に進入したため本件事故に遭遇したものである。したがつて、亡実の右過失は本件事故の賠償額の算定につき斟酌しなければならない。そして、双方の過失割合は、被告吉野において、六、亡実において四と認めるのを相当とする。

四(損害)

(1)  亡実の逸失利益

(イ)  給与、賞与につき、昇給、ベースアップを除く逸失利益

〈証拠〉によれば、実は大正六年一月生れで本件事故当時五〇才の健康な男子で財団法人国立音楽高校に事務職員として勤務していたこと、同人の死亡前の平均一カ月の給与額は、四万七、三四〇円、年二回支給される賞与および助成金は少くとも一六万一、四二四円であつたから、同人の一年間の収入は七二万九五〇四円となることが認められる。そして、同人の生活費としては、右収入の三割をこえないものと認めるのを相当とする。ところで、実は死亡当時五〇才であつたから平均就労可能年数は、一三年とみることができ、前記年間収入額による右期間の総収入額から年五分の割合による中間利息を控除すると四八三万一四一九円となる。そして、亡実の前示過失を斟酌すると、右金額の六割にあたる二八九万八八五一円を被告に負担させるのを相当とする。

(ロ)  退職金の減収による逸失利益

亡実が昭和三七年九月から右国立音楽高校に勤務し、本件事故当時一カ月四万七三四〇円の収入を得ていたことは先に認定したとおりである。そして、同人の就労可能年数を一三年とすると、同人は本件事故がなければ右高校に一七年一一カ月勤務することができた筈である、ところで、右〈証拠〉によれば、実の退職金として、退職当時の月収の七〇%に勤続年数を乗じた額が支給されたことが認められる。そうだとすれば、実が本件事故にあうことなしに一七年一一カ月勤務した後に支給される退職金も右に従つて算出できるものと窺がわれる。そして、退職時の給与は少くとも四万七三四〇円を越えるものと認められるから、その七〇%に右就労期間を乗ずれば五九万三七二三円となるところ、原告らが亡実の退職金として受領したことを自認する一六万二九三二円を控除すると四三万〇七九一円となる。そして、更に、年五分の割合による中間利息を控除すると二六万〇九八六円となるが、亡実の前示過失を斟酌すると、右金額の六割にあたる一五万六五九一円を被告らに負担させるのを相当とする。

(ハ)  給与、賞与につき、昇給、ベースアップ分の逸失利益

(a) 給与の昇給分の逸失利益

原告らは、亡実の前記国立音楽高校から受ける給与は毎年少くとも一〇%昇給し、亡実の逸失利益の一部となる旨主張する。証拠によれば、亡実の勤務していた国立音楽高校には、給与規定もなく、従つて、昇給の定めもないことが認められる。ところで、給与の昇給を得べかりし利益の一部として認めるには、昇給が法令または契約にもとづく権利として認められる場合、または、昇給の実現、昇給率に合理的に疑いを容れない程度に確実なものと信じられる場合であることが必要であるが、本件の場合これを認めるに足りる証拠がないから、これを慰藉料の算定事由として斟酌するにとどまり、亡実の昇給を理由とする逸失利益の主張は理由がない。

(b) 給与のベースアップ分の逸失利益

原告らは、亡実の給与は毎年少くとも六%のベースアップが認められるから、亡実の逸失利益の一部となる旨主張する。しかし、ベースアップは経済変動等にともない賃金を上昇させるものであつて、これによつて、直ちに、ベースアップ分全額が実質賃金の上昇をもたらすものといえるかどうかは疑問である。そして、原告らとしては、亡実の逸失利益による損害額を現在の時点において全額受領し、これを利用に供しうる点を考えると、逸失利益の算定にあたり、ベースアップ分を考慮することは相当でないから、原告らの右主張は理由がない。

(c) 賞与についての昇給、ベースアップ分についての逸失利益についての原告らの主張も、右(a)、(b)と同様の理由により失当である。

(ニ)  相続

〈証拠〉によれば、原告俊子は、亡実の配偶者、同尚孝、同恵子はいずれも子であることが認められるから、同俊子は亡実の配偶者として、同尚孝、同恵子いずれも子として、それぞれ相続分に応じて右実の損害賠償請求権を相続し、その額は各一〇一万八四八〇円であるということができる。

(2)  原告俊子、同尚孝、同恵子の負担した葬儀代等

〈証拠〉によれば、原告俊子、同尚孝、同恵子は、亡実の葬儀のため二六万一七六三円、墓石代等として二〇万円を各支出したことが認められるが、右金額のうち、二五万円の限度で本件事故と相当因果関係にあるものと認め、これに亡実の前示過失を斟酌すると、右金額の六割にあたる一五万円を被告に負担させるのを相当とする。従つて、原告俊子、同尚孝、同恵子は、各五万円の損害賠償請求権を取得したものということができる。

(3)  原告らの慰藉料

原告らと亡実との身分関係は先に認定したとおりである。そして、原告らが実の死亡により多大の精神的苦痛を受けたことは推測するに難くないところ、前示昇給による逸失利益並びに亡実の本件事故発生についての前示過失を慰藉料において斟酌すると、原告俊子につき一〇〇万円、同尚孝、同恵子、同ひさにつき各四〇万円を相当とする。

五(損害の填補)

原告俊子、同尚孝、同恵子が、強制賠償責任保険として一五〇万円を受領し、これを前記相続分に従つて、各五〇万円づつ各原告らの損害額に充当したことは、当事者間に争いがないから、同原告らの各損害額から右金額を控除すべきことになる。

六(弁護士費用)

以上により、原告らは被告らに対し以上の損害賠償請求しうるものであるところ、〈証拠〉によれば被告らがその任意の弁済に応じないので、原告らは弁護士たる本件原告訴訟代理人にその取立てを委任し、弁護士会所定の報範囲酬内で、原告俊子、同尚孝、同恵子は、弁護士費用として、三五万円を負担したことがうかがわれる。そして、右費用は、本件事故と相当因果関係にある損害と認められるから、同原告らは、各一一万六六六六円の損害賠償請求権を有するものということができる。

七(結論)

よつて、被告らに対し、原告俊子は一六八万五一四六円、同尚孝、同恵子は各一〇八万五一四六円、同ひさは四〇万円およびこれに対する訴状送達の日の翌日である昭和四二年一〇月二五日以後支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める限度で理由があり、その余の各請求はいずれも失当として棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条、九二条、九三条、仮執行の宣言につき同法一九六条をそれぞれ適用して主文のとおり判決する。(福永政彦)

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